べき思考を手放そうとして…正社員をやめて楽になった話

自由な働き方
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昔の同級生が昇進した、海外でバリバリ働いている…そんな情報を見ると、少し落ち込みます。

自分もそのポジションにいられたかもしれない。そんな気持ちがあるんだと思います。

「べき思考を手放そう」という話をこれから書きますが、先に言っておくと、私は完璧には手放せていません。現在、絶賛努力中です。

でも、「べき思考」を少しずつ手放そうと努力しているだけで、生活はかなり変わりました。

長年苦しめられてきた「べき思考」

良い大学へ行くべき

結婚して子どもを産むべき

仕事は続けてキャリアアップしていくべき

30代では、これくらい稼いでおくべき…

挙げればきりがありませんが、私は数々のべき思考にとらわれて生きてきました。実際、世間の常識に合わせて生きてきて、評価はされる。でも、自分では幸せを感じないんですよね。

そんなもやもやと向き合い、自分の生きたい生き方に目を向けて行動してきて、改めてべき思考にとらわれてきたな、と気づきました。

手放したのは「キャリアアップのために正社員として働くべき」

私がとらわれていた思考の1つは、「キャリアアップのためにフルタイム・正社員として働くべき」という思い込み。

誰かに直接言われたわけではありません。ただ、昔の同僚、学生時代の同級生たちがフルタイム勤務を前提に動いていて、そこから外れる選択肢が考えられなかったです。

私はそれを、自分の意思で選んだつもりでいました。

いま振り返ると、選んでいたのではなく、自分の本当の気持ちから目を背けて現状維持する方に流れていただけだと思います。

なぜ、その「べき」は手放しにくかったのか

手放しにくかった理由は、主に2つです。

1つめは、専門性を身につけるまでに時間を使い、経験を積んできたこと。ここで働き方を変えたら、今までの努力が無駄になるような気がしたのです。実際には、身につけた知識も判断力も勝手に消えたりしないのですが、当時は「もったいない」という感覚が先に立っていました。

2つめは、周りからどう見られるかということ。正直、ここが一番大きかった。周りは自分のことなんて、たいして気にしていない。それは頭ではわかっているつもりでした。

この2つが重なって、なかなか動けずにいました。

手放したら、肩の荷が下りた

1年ほど悩んで、正社員(自分の場合は公務員)をやめました。すると、体調が劇的に良くなりました。これについては、以下の記事に書いています。

体調以外にも、変わったことがあります。

判断が楽になりました。以前は、何かを引き受けるかどうか迷ったとき、「断ったら評価が下がるかも」と真っ先に思っていました。

今は、単純に自分の時間が足りるか、自分がご機嫌でいられるかを判断基準にできるようになりました。

今でも完璧に手放せたわけではない

冒頭に書いたとおり、いまも周囲と比較して、落ち込むことがあります。

正社員として走り続けている人の話を聞くと、自分だけ列から外れたような感覚になる。責任のある仕事を任されている人を見て、いまの自分にはそれがないと考えてしまう。「べき」を手放したはずなのに、比べる癖が残っています。

これは、時間が経てば消えるものだと思っていました。実際には消えていません。だから、消えたふりをして書くのはやめます。手放すというのは、2度と揺れなくなることではないようです。

それでも「これで良かった」と言える理由

では、なぜ落ち込みながらも「これで良かった」と言えるのか。

判断の根拠は、体調です。

気持ちで判断すると、日によって答えが変わります。調子のいい日は「これでいい」と思えるし、比べてしまった日は「間違えたかもしれない」と思う。同じ出来事について、正反対の結論が出てしまう。

でも、体が楽になったという事実は動きません。気持ちが揺れたときは、「去年の今頃の体調」と比べるようにしています。比べる基準を過去の自分の体調、と決めておくと、それほど落ち込まなくなりました。

まとめ

べき思考は、全部まとめて手放さなくていいのだと思います。私も、手放せたのはひとつだけです。

まだまだ手放したいべき思考は、たくさんあります。

ただ、そのひとつが自分の体に負担をかけているものだった場合、下した効果はかなり大きかったです。どの「べき」がいまの自分を擦り減らしているのか、一度立ち止まって見てみる価値はあると思います。

そして、働くかどうかを自分で選べる状態を作っておいたことが、この選択を可能にしました。お金の準備は、選択肢を増やすためのものだと感じています。

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